2008.05.24 Saturday 10:08
書くということ。
さきです。「障害者」という言葉は、好きではないです。とりわけ、「者」をつけることによって、ひとくくりにされるのが嫌いです。未だに誰かに言われると、距離を感じてしまいます。そういうわけなので、普段の会話でどうしても必要な時は、障害のある人とか、体の不自由な方とか、そんな感じで私は使うようにしています。
大学生になって、車イスの人と知り合うことが多くなる頃。夜のチャットで、素直ちゃんと毎日のように不便なことについて議論したり、ソーシャルワーカーの資格講義にもぐったり、と私の興味はそちらに傾くのでした。私だから、経験で誰かのお手伝いができるかも!と思ったりしていました。でも、障害学を学ぶということは、自分の障害と向き合うことです。周りの人よりできないことが多いだけ、と思ってきた私にとって、その勉強はなんだか違和感を感じるものでした。理論の教科書で、「障害者は、こんなことを負い目に感じている」だとか、「社会的に適応しにくい」だとかカラスの勝手だし、とひとつひとつの言葉につまずきました。一概に決めつけるのは、それだけ先入観を植え付けることに繋がります。だって、世界には色々な人がいるのだから、もっと自由でいいじゃん。
そして、私自身はというと、制度の壁にぶつかっていました。いくら制度があっても、利用できるところがなければ、同じなのです。今現在も、母が倒れてしまったら、私は自動的に障害者の病院に入院…する選択肢しかありません。泣きそうなくらい、嫌なことです。病院での生活が、というより、障害があるから社会から簡単に切り離されてしまうことが、悔しいのです。病気が重くなればなるほど、やるか死ぬか、の二者選択しかないような気がします。そんな中で、障害をもった人に、自信をもって制度を紹介することなんてできないよ、というような結論に至りました。
Delicious!ブログは、それでも、素直ちゃんと私の小さな思いが窓から飛んでいってほしい、という願いから、始まりました。分かってほしいなんて思っていないです。ただ、何かが伝わるものであればいいな、と思います。1日中ベッドに寝ている女の日記から、実はあなたと同じことで悩んでいたり、こんなことではしゃいでいるよバカだなあ、と笑ってくれる人がいたら、私はすごく嬉しいです。
最近のマイブームはといいますと、NHKの深夜番組を見ることです。真夜中は、ドキュメンタリーの宝庫とも言うべき作品がいっぱい。このあいだ、さっそく恋をしたのは『私が子どもだったころ』に出演されていた、見城徹さん。幻冬舎の社長さんです。この人なら信頼できる!と思える指針。自分のことは棚にあげて言いますが、こころの闇をしっかり語れる人だと思います。誰もが抱えている孤独や、このままでいいのかという不安。それを、彼は、自分の体験を織り交ぜながら、丁寧に話していました。番組が終わる頃、1冊の本を読み終えたような、幸せな気分になりました。
さて、そんな幻冬舎さんでは、現在、感動ドキュメンタリー作品を募集しています。エッセイを書いて、書籍化&ドラマ化になるとのこと。でも、選考委員に見城徹さんの名前がない!というのが、まず不満。そしてドラマの作りがベタなので、これもちょっと。あと、500万円で、自分の体験を売るというのに、何か虚しさを感じるお年頃です。たくさんの人からもらった優しい気持ちは、何かの形で返していくつもりです。だけど、自分の病気を前に出すことで、そればかりが一人歩きしたら、私は何も書けなくなる気がする。大好きなKREVAさんは、言いました。「何もないゼロのところから何かを生み出す人を、アーティストだと思っていた。でも、らーめんずさんが、こんなことを言ってくれた。自分を削るように、体験をぶつける人もアーティストだと。だから俺は、削り節のように生きたい。」うん、何度聞いてもいい言葉。自分が、天狗さんになりそうになると、KREVAさんの歌を歌います。
それではまた。


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